毎日が辛い。
周りが全て敵に見えてくる。
自分自身すら味方ではないような気がしてくる。
自分の抱えている問題の1つ1つが、とてもちっぽけで、人に話す事ほどでは無いような気がする。
でも、それら全てがとても辛く感じる。
こんなにも好きな彼女のことでさえ、困らせてしまう自分がいる。
好きな人が離れていくような妄想に駆られる。
毎日、一掃、消えてしまいたいと思う。
普段泣かない自分が、泣きたい衝動に駆られる。実際、1人で車の中で泣いたこともある。
今日も仕事に行ってきた。
とても苦手な人がいる。
まるでストレスを発散するかのように、言いたいことをブチまけ、自分が年上というだけでとても横暴な態度をとる。
そして、この間は人格否定までされた。
店長に辞めたいという申し入れをしたところ、断られた。
ほかに人が居ないのだ。
でも、もうさすがに辞めようと思う。辞めたい。
他の人を気遣う余裕が無い。
すでに死にたいとまで思っている人間だ。
大学でも苦手な人がいる。
ゼミが同じの女性だ。
そして、その人は2年前にお付き合いしていた人でもある。
5月にゼミの親睦会をセッティングしたときに、ちょっとしたトラブルを起こしてしまった。
その時、その人とゼミ長に散々袋叩きに批判された。和を乱したと言い捨てられた。
存在を否定された気分だった。
それ以降、ゼミに参加することがとてもストレスだ。
ゼミでの活動にも参加できずにいる。
合宿の際もとてもストレスで苦しかった。
おそらく、周りからは、自分勝手で協調性のない人間だと思われているだろう。
自分は、もうこの精神状態じゃ、そうするしか無いんだ。
うつ状態というと、4年前の高校を退学したことを思い出す。
あの時も、周りの人間を頼ることができず、1人で抱え込み、悩み、苦しんでいた。
その時は、結果が伴わず、良くも悪くも退学という選択肢を取らざるを得なくなっていた。
自殺を本気で考えていた時期もあったので、その行動は自分を救ったのだと思っていた。
退学をした後、休みたいと親に申し出たが断られた。
何かをしなくちゃダメだと言われた。
そして、何も決断をせぬまま、大学受験の予備校に入学した。
はっきり言って、場違いだった。
皆、真剣にそれぞれ志望の大学に入りたい一心で勉強をしていた。
自分は、勉強なんてしたくなかった。
こんなに心がズタズタな状態で、しかも最近まで勉強に身が入らないほどの状況下に置かれていたのに、真剣に取り組めるわけがないのだ。
行きたくない、家で寝ていたい、1人になりたい。
そんなことを思いながら、毎日エナジードリンクを片手に、人生のヒントになりそうな本を片っ端から読み漁っていた。
それでも、答えは見つからなかった。
周りは知らない人だらけ。
誰も助けてなんてくれないし、ましてや、自分のことで精一杯頑張ってる人たちの集まりだ。
余計に自分が卑屈に思えていた。
そのまま、何も変わることなく、大学受験を迎えた。
もちろん、受かるはずもなかった。
今の大学以外は、ことごとく全て不合格であった。
ネットの合否確認のお祈り文がまるで、定型文のように見えた。
でも、正直、どうでもよかった。
とにかく憂鬱な状態であった。
今の大学は正直、何も手につかないような状態でも入学できた大学だ。
ただ、別に不満があるわけでもない。
正直、通ってる意味はよくわからないが。
それでも大学に入学した自分は、もうこれで呪縛からは解き放たれ、新しい自分で新しい人生をスタートしたものだと思っていた。
相手には申し訳ないが、初めて付き合った彼女は、そんな自分を変えるために選んだ相手であった。
もう何も負けたくない。
そんな一心で、筋トレに励んだ。
狂ったように。
ただ目の前の重りを上げれば、人生が好転すると信じて。
そして、体は大きくなった。
強くなって生まれ変わったと思っていた自分は、おそらく態度も大きかったと思う。
誰にも、もう負けないと自負していた。
しかし、約半年前、体調不良に見舞われた。
ある日、突如として喘息のような症状に襲われたのだ。
運動をすると、息がしづらくなり、咳、痰が出る。
信頼できる仲間との運動。
自分が信じてきた、筋トレ。
自分のやりたいことができないことにストレスを感じていた。
そんな中、気がついたら人間関係のトラブルが増えていた。
自分を責めてくる人間が嫌で仕方がない。
全てから逃げだしたかった。
でも、全てから逃げ出したら、また1人になる。
仕事もできなければ、収入も無くなる。
愛する彼女にも会えなくなる。
逃げ出したら、それこそ自分は現実に絶望して、命を絶っていたに違いない。
今、この文章を書いている自分は、心療内科に来ている。
もう危ない。
そう思った自分は、今ここに来ている。
これで、事態が好転することを信じて。
今思うと、16歳の時から予兆はあった。
どこにいても、イヤホンが手放せない。
周りからも孤独感を感じてはいた。
周りが皆、優秀な人間であったこともあり、疎外感は感じていた。
でも、何とかなると思い、無理やり乗り切っていた。
成績も毎年、留年ギリギリを歩いていた。
それが限界を迎えたのが留年を迎えた年、18の時なのだったと思う。
色々、努力して、環境も無理やり変えて、完全に克服したと思えていた、鬱のような症状。
今の自分は、その時と何も変わってなんかいなかった。
相変わらず、イヤホンは手放せない。
人と関わるのが億劫で、集団で迷惑をかけ続けた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それを乗り越える力は今の自分には無かった。
まだ死ねない。
まだ、彼女と離れるわけにはいかない。
就職して、数年したら、彼女と結婚して、子供を2人育てるんだ。
そして、みんなで笑って幸せな家庭を築くんだ。
ここで、終わってたまるか。
彼女だって支えてくれると言ってくれた。
その言葉を信じたい。
この6年間を何としてでも精算する。
史上最悪の谷を見た者にしか、史上最高の山の景色を見る事ができない。